2021年4月4日日曜日

花に嵐

長い間絵筆を持たずに過ごしていると描き始めの筆の置き所がよくわからなくなる。線の始まりがどこであっても間違っているような気分になる。記憶と勘をたどっても正解はない。その都度目の前の白紙のうえに作り出していくしかない。ということとは別の問題として、私は文体模倣がとても好きだ。別に今更オリジナリティへの執着も持ち合わせていないし、いくら巧妙に真似をしてもどこかしらに必ず脱線と綻びが生まれるはずだから、絡み合う他者の存在の交点としての自分を、何の抵抗もなく肯定することができる。

生活の環境が意外にも居心地の良いものとして感じられているのは、下宿から運び込まれた自室の本棚とベッド、そして机によるところが大きい。段ボールに換算して4,5箱分にはなっただろう本の山を見た家族が「要塞のようだ」といみじくも口にしたように、大量の本は心の防壁の役割を果たしてくれる。ベッドは精神的なシェルターになってくれる。机は学ぶことを正当化してくれる。私は幾重にも守られている。雨風をしのげる場所があるということは本当にありがたい。

東京に自分の人生はないと思っていた。東京のことをろくに知らなかったのだから当然だった。私は東京のどこに品揃えのいい本屋があるのかも知らないし、使い勝手のいい喫茶店も知らない。これから私に歩かれるべき未踏の道は大通りから路地に至るまで膨大に残されていて、その限りにおいて私は東京で生きていけるような気がしてくる。

社会人になってしまったので、本を読むことにする。大学までの自分とつながりを保つ手段として、仕事とは別の側面で自分を支える一貫した基盤のひとつとして。ろくに勉強をしない学生だったから、むしろこれからが長い旅になるのかもしれない。目の前に現れる色々な矢印になるべく抗っていこうと思う。表面上社会に適応しながら同時に適応しない自分を保ち続けたい。適応と不適応の境界を攻めることがどこまで可能なのかを試してみたい。そんなことを言っていられるのも今のうちだけかもしれないけれど、力尽きたときはそのときで笑いとばしてほしい。

2021年3月28日日曜日

還らぬ日々

手足の爪先、身体の末端から乾いた細かい砂と化してさらさらと崩れていく様子を思い浮かべる。両腕と両脚から完全に感覚が抜けて、私にはもう胴体しか残っていないのだと諦めるように意識を手放すと、いつのまにか眠りに落ちている。便利なやり方を見つけたものだ。眠りをコントロールできるということはまずまず健康だということで、それは喜ばしいことのはずだ。
数日後には勤め人になるらしい。5年も在籍した大学と同じだけ住んだ土地のアパートを離れるのはもう少し感慨深いことかと思っていたのに、手続きに追われるうちに淡々と過ぎてしまって少し寂しく思う。退屈を素直に愛することができたのかはよくわからないけれど、ほどよく情報のすくない、のんびりした学生生活だった。いろいろなひとがいた。好きだった。嫌いだった。いろいろなことが新しくてうれしくてさみしくて傷つくことにすら飢えていて、終いにはそのほとんどから離れてしまった。私はあの場所ではじめて自分の人生を生きた。自分でものをえらび、人をえらび、見る景色をえらび、転ぶ道をえらんだ。同時にそれらすべてから選ばれていた。大袈裟な物言いをしていることはわかっている。それでも私の記憶の中ではそういうことにしておきたいと思う。卒業式には出なかった。
1月に卒論を出して2月に単位をぎりぎり揃えたあとは、ずっと資格の勉強をしながら映画を観ていた。目的を見出しがたかった卒論とレポートから解放された身には実務的な勉強が甘い水のように染み入ってきて、ああやはり私にアカデミアは向いていなかったのだと最後の諦めを得た。役に立つ、と多くの人々からみなされていることを勉強できるとはなんて楽しいのだろう。役に立たないことに本気で取り組めなかったのは、なんて悲しいことだろう。自分は違うと思っていた。そうではなかった。
映画を年間で何百本観ただとか本を何百冊読んだとか、数字自体に意味がないことはわかっているのだけれど、あえて今年は旧作を含めて100本観ることを目標にしている。映画は私にとってここ数年でできた新しい趣味で、触れてきた年数の浅さを埋めるにはある程度の量を集中的にこなすことも必要だと思うからだ。
そういうわけで変に生活が安定してしまっている。つかのまの凪かもしれないと思ってかみしめる。