2025年6月8日日曜日

近況(主にねこ)

気づけば仕事のプロジェクトを異動して半年経っていた。半年の間にずいぶん健康になった。
一昨年の転職直後にいたところに去年12月からまた戻ることができて、そこでは驚くくらい言葉が通じ、言葉が通じることに驚きを感じなくてはならないほど去年の自分が異常な状態であったことがわかり、平静に仕事をする精神が少しずつ戻ってきた。
目下の悩みは直属の先輩が不足事項の指摘はするのに充足している部分をなかなか褒めてくれないことで、1年前は上長と会話が成り立たないことを嘆いていたことを思えば、贅沢な悩みを持てるようになったものだと思う。

先月28歳になった。何も感慨はなく、仕事は忙しく、体調も終わっていて、何もいいことのない誕生日だったけれど、まあ生きているだけで十分かと思う。この自分でこれからも生きていくのだという覚悟というか観念というか、前向きな諦めのようなものをようやく手に入れられたのかもしれない。20代の出口が見えてきた今、初めてきちんと現実の地面を踏みしめることができている気がする。猫を迎えたこともその一因かもしれない。

4月の末に猫を迎えた。生後半年の女の子で、名前はミリ。私の愛する児童文学である『黒ねこサンゴロウ』シリーズに出てくる、人間の女の子の名前からつけた。物語の中のミリは、両親の離婚後、酒飲みの作家の父親と暮らしていて、異常に勘が良く、頭は良いけれど小学校ではとにかく浮いている。漢字の「木」を、地面から幹が生え、幹から枝が生えるような順番で書く女の子だ。ねこのミリちゃんは、譲渡会で譲り受けてから2週間は指一本触れさせてくれず、大きな瞳にきらきらと好奇心を湛えて私の一挙手一投足を警戒していた。毎日パンチを受けて、この子とずっと距離が縮まらなかったらどうしようと泣けてきたこともあったけれど、3週間目で少し心を開いてくれるようになり、今は撫でてもいいサインを私が見逃さなければ、気持ちよさそうに目を細めるようにまでなった。最初から人に馴れている猫を選ばなかったのは、そういう猫は私のところでなくても幸せになれるだろうと思ったからかもしれない。猫の名前を考えていてミリのことを思い出したのは予想外だったけれど、とてもしっくりくる名前だと今は思う。

ミリが来てから、生活も仕事も、自分のためだけにするものではなくなった。私が必要としていたのはそういう存在だったのだとわかった。去年の夏、このままでは仕事に殺される、猫を飼うしかないと決意してから、物件を探し、引っ越して、猫のためのものを揃え、譲渡会に足を運んで、自分の行動によって今の生活を手に入れられたことが本当に嬉しい。ミリは少し体調が不安定で、譲渡から今までずっとうっすら風邪を引いていて、いつもと違うご飯を混ぜるとどんなに少量でも警戒して食べない。心配して1ヶ月で病院を3軒まわった。自分以外の存在を心配できるのは、満たされることだ。

2024年12月4日水曜日

生き物でさえなくても/間違った学習

 仕事で疲弊した人に沁みる本の紹介動画をみていたら、仕事に全身で寄りかかって一体化したつもりでいると仕事の側がある日急に他人の顔をし始めて燃え尽きるよー、みたいな話が出てきて、わかるー、結局それだよねと思った。共依存だと思っていたら一方通行でした、の関係はつらい。相手が生き物でさえなくても。他人の存在に加えて仕事という概念にもあまり期待をしないほうがいい。そうわかっていても期待をしないことの実践は難しい。何かを信じたい欲が強すぎるのかもしれない。たぶん世の中の多くの人は、信じるための他人を職場とは別の場所に取っておいてある。そうして関係を使い分けている。私も関係を増やすべきなのかもしれない。その対象は人間でなくてもいい。生き物でなくてもいい。

公開時から名前を追っていたのにずっと機会を逃していた映画『裸足で鳴らしてみせろ』を少し前に見た。主人公が犯した罪のこと、裁かれた罪と裁かれなかった罪のことが頭に残り続けている。彼がそれをする直前に、彼の父親は息子の貯金を断りなく家の事業の返済に充てたのだった。「家族だから」と言って血縁から奪うことが罪に問われないのなら、顔見知りの他人から奪うこととそれとの間にどれほどの違いがあるだろう、そう思って主人公は間違った学習をしてしまったのだと私は受け取った。間違った学習をした結果、間違ったことを実践してしまう人の痛ましい滑稽さを、他人事と思えない。目に映るものだけがすべての世界であってほしかった、いつも過去形でそう思う。

なんだかすべてを感傷の中に溶かし込んでうやむやにして生きている気がする。よくないことだと思う。

2024年11月13日水曜日

どうやらこの世界には/接続不良/ルーフトッパーたち

 朝外に出ると空気がつめたくなっている。自分と世界の境目が際立つ季節は嬉しい(と、たまたま寒くなった日に書き始めたのだが、今週の予報はずっと20度前後で暖かい)。今年になってようやく気がついたこととして、どうやらこの世界には冬のコートのほかにも春のコートと秋のコートがある。デジタル大辞泉にはサマーコートの項もある。四季折々のコート。気に入るものを探して店を巡るうち、指先に生地の記憶がだいぶ蓄積してきて、表面に触れたときのありかなしかのジャッジが容易になっていく。

数日前から、仕事中は無線キーボードをやめてラップトップのキーボードに戻している。ノー遅延にはなったけれど打ち心地がぺらぺらで、ノンストレスとはいかない。有線のキーボードにするべきだろうか。トラックボールが劣化しているのかこのところマウスの反応も鈍い。キーボードとマウスという二大入力デバイスが思うように動かないと四肢を中途半端に縛られているのにひとしい気分を味わう。黒くてうすい二つ折りの板を前にして、その画面に映るものに対して、画面共有のその先にいる相手に対して、指先は想像以上に無力になる。必死に打ち込んでいるはずの文字の半分も画面には表れない。変換が適用されるより先に確定が適用される。ひらがなのままの文字が無様に画面を這っている。その反射神経の鈍さは私の指先のものではない、とずっと叫びたかった。それほどあきらかな接続不良に数ヶ月もの間気づかなかった、というか半ば気付きながら放置していたことがそもそも私の異常だった。でもそんな時間はもう終わる。異動のめどが立ったので! ほんとうにつらい春、夏、秋だった。来年は今年の分までいいことがあるよ。仕事で泣くのをもうやめたい。

久坂葉子作品集『幾度目かの最期』を読んだ。「落ちてゆく世界」の語りは音読したくなる滑らかさで、この甘ったるいくらいに上品な、細密に作られた箱庭を眺めているような文章は正直言ってとても好みだけれど、終わり方がすこし物足りない。表題作はどうひっくり返っても一生に一度しか書けないものに相違なく、しかし作者の死をもって完成する作品は、狭義の文学というよりもパフォーマンスを軸とする別ジャンルの芸術ではないのかと思う。摩天楼のようなとてつもなく高い建物の最上まで登り、写真や動画を撮ってSNSに投稿し、そしてときおり墜落するルーフトッパーたちのような。

2024年11月3日日曜日

近況

いろいろ話したいことはあるけれどSNSに書くほどでもないことが多い。タイピングがうまくいかなくなったのは無線接続のわずかなタイムラグが体に馴染み切っていないからかもしれないと思い始める。視覚的に感知できるような差ではないけれど、指が違和感を覚えているのかもしれない。

村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読み始め、初めのほうは世界の終りパートの端正な詩情に驚きと親しみを感じていたものの、上巻の半分と少しまで来た今はこの調子が下巻まで続くとしたら冗長だなと思っている。電車移動の暇つぶしに読むには丁度いいけれど部屋の中で椅子に座って読むほどではない。それでもやはりはっとするような表現はたまにある。古い夢を読むために両目にしるしをつけられるところが好きで、ページの端を折り込んでいる。村上春樹の小説のなかで語り手はいつも自分の内側の深淵に潜ることを要請され、そこで何事かを経験するけれど、そこに語り手のリズムを決定的に乱す他者はいないように見える。私は読むことによって自分を乱されたい。それは対象が小説であろうと詩歌であろうと哲学書であろうと変わらずあらゆる読書について、それを読む以前と比べて自分の中のなにかが決定的に変わってしまう可能性への期待を込めてページをめくる。それは良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、私はそういう形でしか本を読んでこなかったと思う。

金曜日にリリースされたザ・キュアーの16年ぶりのアルバムを聴いて、好きな音が凝縮して詰まっている、と思った。私の好きな音とはPlastic Treeの音であり、ART-SCHOOLの音であり、彼らがリスペクトし取り入れていった、キュアーやその前や後に続く数多のバンドの音でもある。彼らを通じて先行者の遺伝子は私にも刻み込まれていて、だからキュアーの全アルバムを舐めるように繰り返し聴いたわけでもない私にもキュアーらしさというものが自然にわかる。彼らは本当にすごくキュアーの音楽を愛してきたんだということが、今このアルバムを聴いてわかる。私も彼らを通してキュアーの音楽を愛してきたといっていいだろうか。ふだん洋楽の歌詞は気に留めないで聴いてしまうけれど、今回はちゃんと読んでみたい。

Plastic Treeの秋ツアーのファイナルが終わった。今年出たセルフタイトルのアルバムのなかで一番美しい曲は夢落ちだと今更に思う。音源を繰り返し聴いていて、たぶん有村さん自身の声でコーラスが歌い出しから終わりまでずっと聞こえていることに気がついた。まるで自分で自分に寄り添うように。アルバムの最後の曲、長いアウトロの演奏がライブの終わりの余韻を先取りした切なさのようで、実際のライブでもアンコール2回目のいちばん最後でバンドの幸福の象徴のように鳴らされていた曲で、だから聴きながら寂しくなってもおかしくないのに絶妙にそうならないのは、健康な血が巡るような演奏の温かみだけでなくコーラスのおかげでもあると思う。横浜、京都、東京と通ったこのツアー中ずっと、セットリストに欲をいえば剝製の直後に夢落ちを持ってきてほしいと願っていたけれど、それは叶わないまま終わる。横浜でも東京でも剥製の次に演奏されるのはメルヘンで、メルヘンはとても有村さんらしい曲だと思うけれど私はあまりピンときていない。

ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』と『菜食主義者』を読んだ。『すべての、白いものたちの』はああ鎮魂だなあと思うばかりで、その鎮魂の主な対象が幼くして亡くなった姉であるという一点のために私はあまりのりきれなかった気がする。一度破壊され、新しく継ぎ足されて新品のようになった人というイメージからは、すでに死んでしまった者ではなく、病みながら壊れながらどうしようもない連続性のもとで今も生きている者のほうがより滑らかに連想される。ただ、そのどうしようもなさはハン・ガンが書こうとしているもののひとつではありそうなので、私は大枠ではこの作品を好きだと言っていいのかもしれない。少しだけシモーヌ・ヴェイユを思い出す。『菜食主義者』からはもっと鮮烈な印象をうけたけれど、最終的に精神の病という枠に囲い込まれてしまうことへの窮屈さを感じた。ぜんぜん本筋とは関係ないのだけれど、三篇のうち一篇目で語り手の夫が彼の妻の胸にノーブラは似合わないと述懐するところが可笑しい。ノーブラが似合う胸と似合わない胸があるとでもいうのだろうか。数年前に自律神経の調子を崩してから締めつけの強い下着は身体の牢獄そのものだと思っているので、ヨンヘには妙な共感を覚えてしまう。そうだそのことを書こうと思っていたんだった。何か明確なきっかけがあったわけではないけれど、ある特定の行動をとらなくなって一年半ほどが経つ。その期間が長くなるにつれて心理的な抵抗も膨らんでいき、今は魂がそれを望んでいないのだろうなとぼんやり思っている。それで、こんなふうに唐突にある行動をとれなくなることがあるのだとしたら、そしてそれは実際にあるので、『菜食主義者』のヨンヘのようなことがこのさき自分に起こらないと断言することはできない。

2024年10月22日火曜日

近況

 2ヶ月ほど頭がおかしくなっていた。今週に入ってやっと人間に戻れたような気分でいる。タイピングがとてもへたになってしまった。キーボードを変えたせいだと思っていたけれど、変な力の入り方が数ヶ月経っても直らない。9月末、DIC川村記念美術館へ行った。東京駅から快速で1時間、そこから送迎バスで20分かけて行く。企画展がとても好みだった。アクリル板の色を重ねて作られた新しい色、両側の壁面がほとんど窓である展示室で光を透過するひとかかえもあるガラスのホオズキ、グレーの一色で描かれているのに水辺の青や木々の緑が浮かび上がるようにわかる絵。この絵を直接見たとき吸い込まれるように感じた昏い生気が図録の写真からはまったく抜け落ちていて、写真に撮られると魂を抜かれるとはある意味で(撮られた写真の側からみれば)本当かもしれないと落胆した。ラビリンス断片、と題された展示は四角い部屋を低い白壁で9つの正方形に区切った一筆書きのような順路で、各々の正方形のなか、あるいは周囲の壁の上に作品が置かれている。一周してから目録を見たとき、何番目の作品がどの正方形のどちら側にあったかをあらかた正確に思い出すことができたのは、四角い順路が空間記憶術のような役割を果たしていたのかもしれないと思う。どの正方形の、どの壁の、どちら側から、どの作品を視界の中心に据えるかによって、移動する視点にしたがって他の作品がいつも違った方角に映り込む。こういう鑑賞体験は初めてだった。広くはない館内を行ったり来たりして、ロスコルームも2回訪れた。燃えているビロードの扉に囲まれたようだった。マーク・ロスコについて何も知らないけれど、ミュージアムショップで売られていたロスコの大判カレンダーを買って部屋に飾るような人間はこの絵の意志に反しているのではないかとぼんやり考える。帰りのバス待ちで隣に座ったハイソな雰囲気の中年婦人がカレンダーを手にしていて、同じことを再び思う。10月、Plastic Treeのライブを京都で観るついでに芦屋に一泊することにした。山と海に挟まれた南北に細長い街。せっかくなので芦屋市立美術博物館へ行き、60年代から活動する前衛美術家の企画展と、博物館エリアで阪神淡路大震災当時の写真を見る。京都へ移動し、学生時代にも乗ったことがなかった叡山電車に乗る。ライブは気を失いそうに楽しくて、2週間たった今、ほとんど思い出せることがない。スピカを歌う有村さんの声が胸に迫って、この人の歌から逃れられないと思った。何度聴いてもあざやかな胸の痛み。最近は読書会に参加させてもらい、本について人と話すことが増えた。人と共有できる本と、共有できない本のことを思う。結局のところ本と私の二人きりの会話であるような読書にいちばん馴染みがある。ときどき思い出したように本を介して人と交流を持つのは楽しい。棲み慣れた山から下りてきたばかりの獣の気持ちがする。慚愧が仏教語であることを知る。おかえり、正常な私。正常であると私が信じている私。

2024年8月18日日曜日

諦観中枢、あるいは近況

2024/07/20

先々々週から先々週くらいにかけて、頭痛なのか歯痛なのか区別ができないような痛みが延々と思考を圧迫していたけれど、気がつくとこの1週間はもう痛みのことを考えないようになっていて、それはつまり痛みがなくなっていたということだった。痛みというものは痛んでいるその最中にしか意識に上らない。

2024/08/12

大学生の頃、書店の岩波文庫の棚が宝の箱に見えたことを思い出す。眺める日によっていろいろの方向から、別の未知が目に飛び込んできた。そうやって買ったものの読めずに本棚に眠らせていた本を数年越しに手に取ると、活字がするするほどけて頭に入ってき、今読むべき本だったことがわかる。本が熟成する。

2024/08/18

まとまった文章を読むための心の余裕もなければ、まとまった文章を書くための余裕もない。この数日はカルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』を少しずつ読む。2019年、深夜の散歩がてら23時まで開いている本屋でなんとなく買った。たぶん冬だった。いや夏だったかも。『幸福なラザロ』を出町座で観たのは同じ年だったと思うけれど、何にせよ、アリーチェ・ロルヴァケルの映画をきっかけにイタリアに興味を惹かれるようになっていった。情熱と陽気の国というステレオタイプではない、表舞台に現れない人々の暮らしや地域格差であったり、国が歩んできた歴史への現実的な興味が。レーヴィが反ファシズム活動のために流刑となったアリアーノをGoogleマップのストリートビューで眺める。細い道を抜けて高台の途切れる展望台へ突き当り、柵に沿って回り込むと前方に細く伸びた崖の上に立ち並ぶ白っぽい建物の群が見える。半世紀以上経ってはいるが、レーヴィの書いた村はあのあたりではないか、と想像を巡らせる。投稿された写真を見ると、アリアーノにはレーヴィの胸像が建っているようだ。

仕事で、明らかに過多の業務量をこなすことを求められていて、そもそも過多であることを認識もされていないようなのでこちらの心は荒む。専任の要員が1週間かかりきりでやっと終わる作業を、他の仕事と並行して私がやることになっている。作業の質を落とすか人を増やすかの2択しかないと週明けに言わなければ。

君島大空のアルバム2枚のアナログ盤を発売日に買う。レコードを予約しにタワレコへ行くんだと言ったら、まるで昭和だねと笑われる。レコードを店頭予約したのなんて初めてのことだ。レコードで聴く意味が本当にあると思った初めての音楽だ。繊細で多彩な音や声の機微が、空間を満たして響くことを求めている、と思う。音の余白の多さがそう感じさせるのかもしれない。

この受け身の兄弟愛、このともに苦しむこと、この昔からの、あきらめきった、連帯感をまじえた忍耐心こそが、農民たちの心の奥底の共通の感情であり、宗教的ではない、自然な絆である。[…]おまえもまた運命に左右されているのだ。おまえも悪意のある力によって、邪悪な影響力によってここにいる。敵対的な魔術の作用であちこちに移動させられている。それゆえおまえもまた人間で、おれたちの仲間だ。政治であれ、法であれ、理性の幻影であれ、おまえを突き動かした動機は関係ない。道理も、原因と結果もない。ただ悪い運命が、悪を望む意志だけが存在する。それは事物の魔術的力だ。国家とはこうした運命の形態だ。それは畑の収穫物を焼いてしまう風や、血をむしばむ熱と同じだ。運命に対して、人生は忍耐と沈黙以外のものにはなれない。言葉は何の役に立つのか。そして何ができるのか。何もできはしない。
──カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』p.109-111

2024年6月9日日曜日

drive it all over me

 ケヴィン・シールズと誕生日が同じだ、ということは今年初めて知った。誰かと誕生日が同じで純粋に嬉しさを感じたのは初めてのことだ。

ケヴィン・シールズはマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのボーカルとギタリストで、ソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』のサントラに曲を提供していると言ったほうが通じる人もいるかもしれない。私の好きなバンドはそのほとんどが轟音かつ繊細なギターの音を特徴とするシューゲイザーと呼ばれる音楽ジャンルに大なり小なり影響を受けていて、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインはそのジャンルの始祖のような存在だ。だから気づいたときには半ば常識のようにその名前を知っていたけれど、常識を疑う機会が少ないのと同じように、正直なところあまり深く聴き込んだことがなかった。

なかったのだが、この間行ったPlastic Treeのライブの開演前に流れていた爽やかなギターロック(dipの「冷たいくらいに乾いたら」のような)が気になって、Shazamで検索するとマイブラのEP&レアトラック集に収録されている「drive it all over me」だった。このバンドは正直もっとふわふわと耽美的なイメージだったので、こんな疾走感のある曲もあるのかと驚いたし、オリジナルアルバムよりもこちらの盤から聴いていこうかなと思いはじめている。シューゲイザーの中でも輪郭のはっきりした曲が好きだ。

そう、先月が誕生日だった。仕事が忙しかったので(今も忙しい)、今年の誕生日は特段感慨なく過ぎていった。1年以内に死ねばカート・コバーンとおそろいの享年!  などと冗談めかして言いながら、理由のない焦りがまったくないといえば噓になる。年齢だけ大人になって、中身は幼いままであるような気がする。少なくとも17歳の頃はこんなふうに思っていることを書き表せるだけの語彙を持っていなかった気がするので、その点は成長しているといえるのかもしれない。

書きながら、本当にそうか?  と自問する。よくインターネットでは「〇〇歳まで自我がなかった」ということをいう人がいるが、そんなわけがないのである。私たちは過去のいつの時点を切り取っても、その時の自我でものを考えて判断してちゃんと生きていた。生きていたのに、未来の自分が過去の自分をなかったことにしてしまう。それはとても寂しいことだ。今の私も、書き残しておかなければ未来の私になかったことにされてしまうに違いない。

記事は非公開にしているけれど、このブログを作ったのは2014年4月6日だった。いつの間にか10年経っていた。10年前の私もそのときの語彙で考えて悩んでいた。悩みの種類だけが移り変わっていく。人の成長などというものはまやかしで、ただ瞬間ごとの状態が存在するだけなのかもしれないと思う。それでも、異なる状態を経験することで見える世界は広がっていくのだと、人の可塑性を信じたい。

子供から大人になることは無数に広がる選択肢と可能性の大半を諦めること、納得したいわけじゃ全然ないけれどまったくその通りだから嫌になる。昔のわたしがなりたかったものに今も変わらずなりたいと思ってはいるけれど、だんだん道は狭まって行く。360°全部道、なんて言ってられなくなってくる。

このブログに最初に投稿された文章。「無数に広がる選択肢と可能性」のように見えていたものは初めから錯覚だったのかもしれないよ、と今の私は思う。何もせずに与えられている選択肢などなくて、可能性は自分で発見して掴み取っていかなければならなかったんだよ。これからもそう。ところで10年前の私が「今も変わらずなりたいと思ってはいる」ものっていったい何だったんだろう。書かれなかったものの運命は儚い。 

2024年に入ってからずっと漠然と調子が悪いので、突破口を探している。人格のスイッチを切り替えられるようなきっかけを。やっぱり住む場所を変えるのが一番手早いのかもしれない。そして知識が流れ込む純粋な喜びや、何かをできるようになる達成感を思い出す必要がある。

今年から社内の働く環境が変わったことが一番大きいのだけれど、問題の根幹は私の中にあるのだろうという気がしている。転職前に陥っていたのと同じ穴に嵌っている。いわゆる「日本人的な」、断言を避け、直接の対立を避け、空気を読み、察し合い、文句があっても飲み込むようなコミュニケーションスタイルが周囲の多数派であるとき、私のパフォーマンスは最悪になる。逆に、すべての情報が隠されたり遅延したりすることなく公開され流れている環境では能力発揮が最大化される。(できることならコミュニケーションスタイルの違いによって配属先を選びたいのだが、そんなことは果たして可能だろうか……。)

根本的な原因が、私が過剰に周囲に合わせすぎている(そして、合わせる先のタイプが自分に合っているときは追い風になるが、合わないときには向かい風となる)ことにあるのはわかっているので、今後は「環境に合わせない」ことを学習しなければならない。それは主に大学以降で必死に身に着けてきた「環境に合わせる能力」のアンラーニングであり、困難を極める想像がつく。どうすればそれを成し遂げられるだろう?  白紙を前にして途方に暮れている。

ケヴィンがボーカルをとる曲を聴いていると、SUPERCARって随分わかりやすくマイブラからの影響が濃いバンドだったのだなという連想発見がある。

2024年5月20日月曜日

キャッシュクリア

部屋の模様替えをした。というか、している。
だいたい1年周期で、家具を増やしたり捨てたり移動させたりする。言葉にできない些細な不便や違和感は毎日寝起きしていれば慣れてしまうものだが、日々すこしずつ溜まる澱のような何かに耐えられなくなる瞬間がたぶんそのくらいの周期で訪れる。部屋に残ったキャッシュが頭を濁らせている。捨てるべきものが増えすぎている。それが閾値を超えたとき、模様替えが発生する。

前回はちょうど転職を決めた時期で、在宅勤務環境が著しく悪いことにそのとき初めて気がついたのだった。それから1年経った今は、寛ぎという観点がこの部屋からまったく抜け落ちていることに初めて気がついた。働くための部屋、睡眠をとるための部屋、大量の本を収納するための部屋。部屋の在り方としてそれ以外の選択肢があろうとは思いもしなかった。思いもしなかったが、どうやら存在するようなので、インスタグラムでインテリアを検索したりしている。それは今までになかったことで、楽しいことだ。

PCゲームにデビューした。およそゲームというものに触れずに生きてきたので、DSもWiiもプレステもSwitchも所有したことがない。ゲームの中で何かを成しても現実の世界には何も残らないからやる意味がない、と小学生の私はおそらく考えて、お年玉でゲーム機を買おうかどうか悩むことすらもしなかった。しかし今考えれば、本や映画や音楽や、あるいはめったに行かない旅行に対して私がひとしく求めているのはその瞬間の体験の感触のみであって、後に何が残ろうと残るまいとそこに関心はないはずだった。ゲームもそれらと同じ類のもの、ひたすらに瞬間の体験を楽しむものだったのだ。それに気づくことができたのは、驚きであり喜びだった。

幼少期の私がゲームに興味を抱かないことを選択したのは、ゲーム機本体とは別に買って読み込ませる必要があるゲームソフトという存在をよく理解できなかったからだ、という可能性は大いにある。ハードウェアとソフトウェアという概念は7歳の私にはなかった。わからなくても面白がる感性も持っていなかった。極端に保守的な子供だった。今ではその面白さがわかるし、それらの概念を当然の前提知識とする場所で働いているのだから皮肉なことだ。私はどんどん別の人間になっている。そう信じていられる限りは希望を持てる。

些細なことに感動を見いだせるのは裏返せば視野が極端に狭いということで、視界の外側への想像力の乏しさがしばしば私を縛る。今見えている選択肢を過去にも認識できていればよかったのにと思うことはこれまでもあったし、この先もある。そういうものだと諦めて、自分にかけていた縄の結び目をひとつひとつ解いていく。

2024年4月6日土曜日

20240406

 すでに存在するものの中からあるものを手に取り、あるものは手に取らない取捨選択ができるという意味において(あるいは休日の過ごし方を思いつかずに悩むことがないという意味において)私には思想があり趣味があるといえるのかもしれなかったが、その思想なり趣味なりに沿う新しいものを作り出したい、作らずにはいられない熱量を持たずにここまで生きてこられてしまったことにはまだ僅かな負い目や未練のようなものがあるのだなと、髪を切った帰りにいくつか古書店を覗いて買った本を鞄に詰め、暗くなりはじめた神保町を歩きながら考える。

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新年度なので新社会人か就職活動中と思しき黒髪をひとつに縛った黒スーツの人をよく目にする。パンツスーツの後ろ姿には、スカートを選ばなかった選択の意志が働いているはずなのに、その意志の結果なお既製の型に嵌められている不本意を勝手に感じ取ってしまう。それは私自身が感じていた不本意だった。就職して数年経ち、職場の服装は自由だけれど節目のために、スーツ屋ではないファッションビルのテナントでジャケットとスラックスのセットアップを買う。ジャケット丈はお尻が隠れる長さで、スラックスの幅には肌につかない余裕があり、かっちりとした印象を与えるが身体の線をほとんど拾わないその直線的なシルエットに、リクルートスーツのあの壊滅的なダサさはなんだったのかと憤りに似たものが一瞬頭をよぎる。それからリクルートスーツは無知な若者に無差別に課される産業的罰ゲームなのだとしか思わなくなった。

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1ヶ月前に来たときはカードを使えた記憶がある複数の書店で、決済手段からカードが消えていた。PayPayは使える。キャッシュレスの手数料が馬鹿にならないという話を少し前にツイッターで見たこともあって、「使えなくなった」というより「使えないようにした」という意志がどこかにあるのかもしれないとぼんやり思う。

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買った本をすぐに読むことができない。けれど買うに至ったそのときその場の逡巡や感動や意欲のきらめきは本を見るたびに思い出す。それは記録されてよいはずのものだと思うけれど、書くほどのものではない気もする。

今日は『大崎清夏詩集』、司修『月に憑かれたピエロ』、『名づけられぬものの岸辺にて 日野啓三主要全評論』を買った。詩集は3月に出たもの、後ろ2冊は長島書店で。近頃長島書店でよく本を買う。ピンチョンが何冊かと、埴谷雄高の『死霊』が3冊揃いで出ていて迷ったが、ピンチョンのハードカバーは大きすぎてうちに置く場所がないことは明らかで、『死霊』は1冊目だけ持っているのでダブらせるのもなんだかなと思ってやめた。数年前に手当たり次第に詩や短歌を読んでいた時期があり、その頃に比べれば今はあまり詩など読まなくなって久しいけれど、大崎さんの詩は読もうかなという気分。

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コンビニでホットスナックを買う際の異常な心理的ハードルがなくなったのがここ数ヶ月のことで、買えるようになったことが嬉しくて必要もないのについ買ってしまう。吸わないタバコを買うよりもホットスナックは難しかった。


2023年4月19日水曜日

小説が終わった後のフラニー

うっすらひいている自覚のあった風邪が仕事を辞めた途端に悪化したので、2週間の休暇のうち前半はあまり遠出できそうにない。本を読み、ドラマや映画やアニメを観て過ごす。

ずっと積んでいた伴名練『なめらかな世界とその敵』収録作の6分の5を読んだ。世界観が必然的に高度な筆力を要請する表題作はたしかに絶望的に面白く、とても好みではあるけれど、私にとってはある枠内での傑作にとどまっている。すごく好みの二次創作小説を読んでいるときと似た感覚になる。設定がゆるぎなく魅力的である反動で、キャラクターは随意に置き換え可能であるように思われてしまう。

白水uブックスに似た細長い判型と幅の広い帯が目に留まって手に取った大崎清夏『目をあけてごらん、離陸するから』、その中の一篇「フラニー、準備を整えて」を立ち読みして半分泣きそうになってレジへ向かった。「『フラニーとズーイ』を読んで大人になった女の子」である主人公がもう一人の女の子と間接的に出会う物語で、私も彼女たちと活字越しに出会えたことを嬉しく思った。野崎訳と村上訳をどちらも持っていてどちらも読んだけれど、原文を知らないからか最後の訳出の違いに気づいたことはなかった。その他の収録作は詩と旅の随筆が多くて、本棚の須賀敦子と多和田葉子の横に並べるのが自然と似合った。旅する詩人の系譜。

だけど私が原文で好きなところはもうひとつあって。それはフラニーがレーンと一緒にレストランにいるとき何度も何度も煙草の火を付けたり灰を落としたりもみ消したりする描写なんだ。あの描写はきっと誰にも翻訳できない。フラニーは cigarette を lit して、cigarette ash を tip するの。そして、cigarette を put out するの。わかるかな、t, t, t, って音が何度も何度も重なる、ashtray にも t が入ってる、まるで自分に向かって永遠に舌打ちし続けるみたいにフラニーは煙草を吸うんだよ。(大崎清夏『目をあけてごらん、離陸するから』)

18歳のときに通っていた予備校の数学の講師が、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の話をしたことがあった。大学を出て就職してからは自分が何かをアウトプットするばかりで、インプットする暇がなかった。最近になって学生時代に読んだ本をひさしぶりに読み返したら、こんな話だったのかと思った。そんなようなことを言っていた。私はその講師の数学を教える能力については信頼していて、それ以外についてはむしろ嫌いだったのに、講義の合間の無駄話のことはよく覚えている。いつも墨汁とお香の中間のような香水をつけてモードな洋服を着て、恵比寿に住んでいることを自慢する、気取った嫌味な人だった。東大で体育会に入っていて大企業に就職して辞めて予備校で働いている。女の子の価値は女子大生の頃がピークだからね、などと悪びれず口にして、プリントアウトした秋元康の歌詞を教室で配る。そんな人でもサリンジャーは読むのだ、と思った。今思えば、そういう人だからサリンジャーを読むのかもしれなかった。

てっきりもう出ないものと思っていた『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』が今月になって本当に出たので、買いに行った。『イスラエルSF傑作選 シオンズ・フィクション』を引っ張り出してきて帯を見ると、『ノヴァ・ヘラス』は2021年刊行予定と書かれていた。2年遅れてもちゃんと作ってくれてありがとう。こういう本がたくさん売れて、古本市場にもそこそこ流通してくれたらいいなと思う。文庫本に1500円も出せないお金のない学生でも、せいぜい800円くらいでこの美しい装丁の異国の物語を手に取れる機会があればいいと思う。『シオンズ・フィクション』の分厚さと値段に、少し迷ってどきどきしながら会計した大学生の自分を思い出す。

金曜日が最終出社日で、この部署には10ヶ月しかいなかったのに送別会まで開いてもらってしまった。前の部署で私が配属されてからすぐに辞めた先輩は影のようにすーっといなくなって、周りもその人はただの影だったみたいに何事もなく動いていたので、会社の中の別れってそういう機械じみたものなのかと思っていた。私も影のようにいなくなるのだろうと思っていた。部署を異動したら、ちゃんと人間らしい人たちが人間のままで働いていた。そこでは人間として働いて、人間として辞めることができた。身に余る幸せだったと思う。PCを返却する前のぎりぎりの時間で、異動する前の部署の上司や先輩へ挨拶を送った。みんなすぐに前向きな応援の言葉を返してくれて、最後に一往復のやりとりをすることができた。これからの私もその人たちとともにある。転職するけれど、背水の陣ではなくて、帰れる場所がひとつ増えたのだと思う。色々なことがあったけれど、いい会社だった。こうやって終わったことを終わったそばから美しい嘘にする。

2023年4月9日日曜日

我に返る隙間

近況。

最近のTwitterの不安定ぶりを見るにつけても結局のところ書いた文章がいちばん残るのはブログなのだろう。分散型SNSのFediverseに参入してそれなりに楽しく過ごしているものの、そうまでしてインターネットで不特定多数の個人とつながらなくてはいけない理由はどこにあるのだろうと考えてしまう。本当は真っ白な壁に囲まれた何もない部屋でひとりでぼおっとしていたい。

去年の夏に新しいノートPCを買ったけれど、新しいPC(DELLのInspiron)のキーボードの打ち心地がぺらぺらしていてモチベーションが下がる上にWindows11の動作が不安定なので、結局学生時代から使っているThinkPadのほうを開きたくなる。打鍵感が気に入っているのでThinkPadの無線キーボードをそのうち買おうと思う。

 半年から1年くらいの間ずっと、グレッグ・イーガン『ディアスポラ』、中上健次『地の果て 至上の時』を交互に読む生活をしている。情緒をつかわない読書しかしていない。SFは架空の理論や世界観を理解する読書でなかば技術書を読んでいるようだし、中上健次の文章はくどいくらいに過去の出来事の振り返りを挿入してくれるので、時間が空いて記憶が薄れても困らない。秋幸はあちらの世界でちゃんと生きているので、私が半年くらい放っておいても全然平気なのである。小説で新しい物語を楽しもうとする意欲がめっきり薄れていて、そちらはもっぱら映画で摂取している。ここ1年ほどでインストールした価値観の中に、映画は小難しいものから頭を使わないアクション、ホラー、B級までひとしく娯楽として受け取るのがよいというものがあり、体に馴染ませるべく実践している。

机と椅子を一新した。 去年のGWくらいに買った椅子がとんでもなくごつい代物で、あきらかに私の体格では座り心地が悪いのに、そのときは試座したうえで全然問題ないと思って買ったのだった。この錯覚はどういうことなのだろう。とにかく毎日座面の上で立て膝もしくはあぐらという最悪の姿勢で仕事をしていてこのままでは腰や背中の負担がやばいので、もっと小振りな椅子に買い替えようと思っていた。今ようやく床に足が全面つくことのありがたみを享受している。机も高さを65cm程度に調節できるものにして、家具の配置をすこし変えた。それだけのことなのに空間を濁らせていた圧迫感が嘘のように消えた。

新年度が始まったけれど目下の仕事が暇で暇で勤務時間を持て余している。というのは私があと1週間で職を転じることになっているので仕方のないことなのだけれど、それにしても暇というのはこの世の苦痛の中で二番目に耐えがたい。一番はシーシュポスよろしく意味を見いだせない作業を終わりなく続けることで、これをやるくらいなら死んだほうがいい。

 ブログのドメインを変えようと思って断念した。高校生の自分がなんとなくつけた変なドメインをそろそろなんとかしたかったのだけれど、いざ新しい名前をつけようとしても何かしらの趣味や思想が反映された陳腐な単語しか思い浮かばなかった。ここはずっとそのまま、あの頃の私の稚拙な箱庭のまま。

春のうすぼんやりとした落ち着かなさとぬるい空気が好きではない。それでも今月は自室の居心地をすこしだけ良くすることができたので、この部屋で春が過ぎるのを待つ。

2022年9月10日土曜日

(きらきら)(きらきらきら)

日常は確かに倦怠がいたるところに散りばめられてはいるものの、異動してからは驚くほどに仕事がたのしい。知らないことを知るのが仕事の一部であり、それでお金をもらえているのはとても幸福なことだ。すくなくとも今は。いつでも風向きはかわりうる。

展覧会もライブもひとりで行く理由は、ひとりがいちばん適しているからだ。対象と私の一対一の神聖な空間に割り込む他人は雑音にほかならない。読む本にも聴く音楽にもひとりで(他人が媒介したとしても選ぶのは自分だ)、出会うことができる。独立したシステムとして存在している。狭量で潔癖な理想としてそれはある。

プログラムは素直で可愛い。自然言語の次に好きだ。

2022年9月4日日曜日

2022/09/04

 7月10日、マームとジプシーの舞台『cocoon』を池袋の東京芸術劇場で観た。9回中7回が中止になった東京公演の中止直前の回を運よく観ることができて、座席もドセン近くの3列目という舞台の呼吸をそのまま感じることのできる場所で、思うところはありつつも色々なものがオーバーラップしてぼろぼろに泣いた。客の流した涙の量が作品の価値を決めるなどとは死んでも思わないけれど、あの鑑賞体験はしばらく忘れることができないと思う。

2013年の初演は観ていないけれど、WOWOWで放送された2015年の再演の録画が残っていたので、7月10日の後で何度か観た。
9月4日昼、彩の国さいたま芸術劇場でもう一度『cocoon』を観た。7月からさらに細かな演出のディテールが変わっていて、割り切れない部分も正直あった。

2015年よりも今年の7月、そして7月よりも9月に向かってより顕著になっていったのは、一人の女の子が見た戦争という個人的な物語から、現代において戦争をどう描くかという公共的な物語への方向性の変化だと思う。戦争というテーマが重くなっていくと同時に、女学校の守られた空間や男性への恐怖といった思春期的な要素は削られていく。7月の公演の後に2015年の映像を観なおして一番大きな変化だと思ったのは、セクシャリティの迷いにかかわるセリフや場面がなくなっていることだった。「私、女の人が好きなのかもしれない」「いつか男の人を、マユじゃない人を好きになることもあるだろうか」「私はこの先、子供を産むことだってできる」正確ではないけれどこういうサンのセリフが2015年版ではあって、2022年版にはない。

ジェンダーに関しては藤田さんと今日さんの今年8月の対談で語られていて、意識的に演出を変えているようだ。

藤田 今回『cocoon』に取り組んでいる中でやっぱり感じたのは、2015年と2022年で、ジェンダーについての社会の認識が大きく変わったということだったんです。それにまつわる差別や格差の問題は依然根深くあるから、とにかく社会の認識をもっと細かく、問題意識を持って変えていかなきゃいけないんだけど、まずは皆がこの現状を少なからず知っているし、当たりまえに話すようになりましたよね。知らない、というのはあり得ない。同時に今話しているようなことを無視して、なにか表現することはもうできないと思うんです。そこで改めて“マユ”という役と向き合って考えていくときに「実は“マユ”は男性だった」ということをテキストや演出で変に意識して描かなくても、あのコミュニティの中にいる“マユ”が持つ存在感だけで、観客には自然とそのニュアンスが伝わるんじゃないかと思ったんですよね。
今日 たしかに。もし“マユ”が女の子であったとしても、心が男の子であるって捉え方もできるし、原作を描いたときとは受け取る側の意識が変わったところはありますね。 
藤田 もう、男性性と女性性っていうふうに性別を二元的に捉えることなんてできないし、特に若い世代は性自認と性指向についての理解が普通にできていて当たりまえというか、知らないわけがないですよね。
 http://mum-cocoon.com/interview/cocoon-2022-8-2/

「もう、男性性と女性性っていうふうに性別を二元的に捉えることなんてできない」という言葉だけ取り出せばそのとおりかもしれないけれど、2022年の今だって、女子校も、異性を怖いと感じる感情や体験もまだ現実に存在する。2015年版のcocoonはそういう背景を持つニッチな客層に深く刺さるものだっただろうし、2022年版のcocoonはより広い客層に受け入れられるようになった反面で、一部の客に「これは私の物語だ」と思わせる力はきっとないだろうと思う。その一方で負傷兵はそれぞれ人格や記憶を持つようになって詳細に描かれるようになったのだけど、たぶん私はcocoonは男性側の内面を描くことを意図的に排除したままでよかったと思っているふしがあって、今年の公演に対してはそこを不満に感じているのかもしれない。マームのcocoonがサンの個人的な物語に回帰することはないんだろうな。

9月の、今日の公演はちょっとうーん?って感じで、具体的にはまず最初の日常のシーンで会話のリズムの中に時折不自然な空白が挟まるのが意図的なのかどうなのか判別できなかったところと(これがいちばん大きい)、会場の音響がよすぎて遊園地のホラー系アトラクションを想起してちょっと面白くなってしまったのと、死んでいく同級生たちがサンに向かって「私たちのことを憶えていて」と叫ぶのは(サンの想像だとしても)ちょっと安直なせりふなのではというのと、全体的に説明されすぎていて客側が想像してつなげていく余地があまり残されていないのが残念だった。もうちょっと点と点の距離が遠くてもわかるのにな。今日は座席が12列目くらいでだいぶ俯瞰的にみられる位置だったのであまり没入できなかったのもあるのかもしれないなあ。舞台ってむずかしい。

それはそうと私は2016年のマームのロミジュリを見逃したことを一生後悔している。タイムマシンがほしい。

2021年4月4日日曜日

花に嵐

長い間絵筆を持たずに過ごしていると描き始めの筆の置き所がよくわからなくなる。線の始まりがどこであっても間違っているような気分になる。記憶と勘をたどっても正解はない。その都度目の前の白紙のうえに作り出していくしかない。ということとは別の問題として、私は文体模倣がとても好きだ。別に今更オリジナリティへの執着も持ち合わせていないし、いくら巧妙に真似をしてもどこかしらに必ず脱線と綻びが生まれるはずだから、絡み合う他者の存在の交点としての自分を、何の抵抗もなく肯定することができる。

生活の環境が意外にも居心地の良いものとして感じられているのは、下宿から運び込まれた自室の本棚とベッド、そして机によるところが大きい。段ボールに換算して4,5箱分にはなっただろう本の山を見た家族が「要塞のようだ」といみじくも口にしたように、大量の本は心の防壁の役割を果たしてくれる。ベッドは精神的なシェルターになってくれる。机は学ぶことを正当化してくれる。私は幾重にも守られている。雨風をしのげる場所があるということは本当にありがたい。

東京に自分の人生はないと思っていた。東京のことをろくに知らなかったのだから当然だった。私は東京のどこに品揃えのいい本屋があるのかも知らないし、使い勝手のいい喫茶店も知らない。これから私に歩かれるべき未踏の道は大通りから路地に至るまで膨大に残されていて、その限りにおいて私は東京で生きていけるような気がしてくる。

社会人になってしまったので、本を読むことにする。大学までの自分とつながりを保つ手段として、仕事とは別の側面で自分を支える一貫した基盤のひとつとして。ろくに勉強をしない学生だったから、むしろこれからが長い旅になるのかもしれない。目の前に現れる色々な矢印になるべく抗っていこうと思う。表面上社会に適応しながら同時に適応しない自分を保ち続けたい。適応と不適応の境界を攻めることがどこまで可能なのかを試してみたい。そんなことを言っていられるのも今のうちだけかもしれないけれど、力尽きたときはそのときで笑いとばしてほしい。

2021年3月28日日曜日

還らぬ日々

手足の爪先、身体の末端から乾いた細かい砂と化してさらさらと崩れていく様子を思い浮かべる。両腕と両脚から完全に感覚が抜けて、私にはもう胴体しか残っていないのだと諦めるように意識を手放すと、いつのまにか眠りに落ちている。便利なやり方を見つけたものだ。眠りをコントロールできるということはまずまず健康だということで、それは喜ばしいことのはずだ。
数日後には勤め人になるらしい。5年も在籍した大学と同じだけ住んだ土地のアパートを離れるのはもう少し感慨深いことかと思っていたのに、手続きに追われるうちに淡々と過ぎてしまって少し寂しく思う。退屈を素直に愛することができたのかはよくわからないけれど、ほどよく情報のすくない、のんびりした学生生活だった。いろいろなひとがいた。好きだった。嫌いだった。いろいろなことが新しくてうれしくてさみしくて傷つくことにすら飢えていて、終いにはそのほとんどから離れてしまった。私はあの場所ではじめて自分の人生を生きた。自分でものをえらび、人をえらび、見る景色をえらび、転ぶ道をえらんだ。同時にそれらすべてから選ばれていた。大袈裟な物言いをしていることはわかっている。それでも私の記憶の中ではそういうことにしておきたいと思う。卒業式には出なかった。
1月に卒論を出して2月に単位をぎりぎり揃えたあとは、ずっと資格の勉強をしながら映画を観ていた。目的を見出しがたかった卒論とレポートから解放された身には実務的な勉強が甘い水のように染み入ってきて、ああやはり私にアカデミアは向いていなかったのだと最後の諦めを得た。役に立つ、と多くの人々からみなされていることを勉強できるとはなんて楽しいのだろう。役に立たないことに本気で取り組めなかったのは、なんて悲しいことだろう。自分は違うと思っていた。そうではなかった。
映画を年間で何百本観ただとか本を何百冊読んだとか、数字自体に意味がないことはわかっているのだけれど、あえて今年は旧作を含めて100本観ることを目標にしている。映画は私にとってここ数年でできた新しい趣味で、触れてきた年数の浅さを埋めるにはある程度の量を集中的にこなすことも必要だと思うからだ。
そういうわけで変に生活が安定してしまっている。つかのまの凪かもしれないと思ってかみしめる。

2020年11月20日金曜日

十代の頃や思春期に触れたものが人生に与える影響力は絶大だという言葉を誰もかれも口にしていて、それは一種の信仰のようだと思う。思春期を神聖化するのは幼い子供を純粋無垢と捉えるのと似ているけれど、幼年時代ほど鈍感で冷酷で希望のない時代はなく、歳をとるほど暗黒に光が差すように解放されていくのだとしか私には考えられない。生きているかぎり失いつづけ新たなものを手に入れていくのであれば過去の一時期に特別な地位を与える理由はないし、生きている時間が長くなるにつれて「今この瞬間」に絡まる意味の総量は重くなる。ものを知らない時代にうけた衝撃は更地に蒔かれた種のようで、その後に触れるものの路線を確かに規定しはするけれど、人格があるていど固まったあとの衝撃は器用な指先が見えない打撲痕を正確に押すように現れて、余計にたちが悪い。たちが悪いなあと言いながら笑ってしまう。嬉しくて。この痛みを感じる主体が存在していて嬉しい。私がその主体であって嬉しい。そうやってどんどんうちのめされてすりつぶされて粉々の塵になって消えたい。私が消滅するのが楽しみだ。

2020年11月3日火曜日

夢が覚めたら

 西加奈子の『白いしるし』を読みはじめてすぐ胃のあたりがざわざわしてきてこれはやばい本だと確信したし、それは当たっていた。こんな作品が存在していていいのだろうかと本気で思いながらインターバルを挟んで、読んで、読み終わる。誠実な小説だ、と思う。取るに足らないものだと思っていた、取るに足らないものであるふりをしなければいけないと思っていた、だからそうした。そうやって不本意に埋葬してきた私の一部がこの作品に救われたように思った。身勝手な投影だとはわかっていても、心の芯に直接触れてくる作品とひさしぶりに出会えて嬉しい。この小説の、芸術と人のとらえかたが好きだと思う。作品と人格は切り離せないけれど、人格を超えて届く作品もある。評価に混ざる私情を悪と断じるのではなく、「あなたはただ、何かを選んで、何かを選ばなかったことに、自身で責任を負わなければいけない。」他者がきちんと他者として描かれた小説が好きだと思う。予測のつかない動きをする、自分とは違う人格と思考と過去を備えている、必死に推し量ろうとしても最後まで理解することができない、実体に触れることすらできない向こう岸の存在として描いている小説が好きだと思う。正しく絶望することで正しく前を向くことができる。

夢が覚めたら壊れてしまえよ、そのまま夢でいるなら溢れてしまえよ、と歌う音楽をずっと聴いている。

道をただ道なりになぞる

 気温が下がると食欲の解像度が下がる。自分が何を食べたいのかわからないし、かといって適当なものを選んで食べても何か選択を間違ったような気持ちになる。ディストピア飯の日替わりプレートがランチとディナーに自動配給されるのであったらいいなあ。と思う。繊細な味覚の悦びから疎外されているのでカロリーメイトが主食でもそれなりにハッピーに過ごせる。夏の終わりには取り憑かれたように料理をしていたけれど案の定すぐに立ち消えた。食の優先順位が著しく低い。月末あまりにもお金がなくて一週間冷凍のスープ餃子と春雨で過ごしたけれど案外耐えられてしまって、まだ続けようとしている。削れるだけ食費を削りたい。

下宿暮らしともなれば契約更新ごとに引っ越しを繰り返す人も少なくないけれど、私は5年にわたって同じ部屋に住み続けている。建物、部屋そのものには色々と不満があるけれど荷物が増えて億劫だったのと、結局立地が最強なので引っ越す理由が見当たらなかった。駅と大学が遠いのはネックだけれど徒歩3分圏にコンビニとスーパーとドラッグストアがあって、深夜にだって買い物に行ける。もう少し足を伸ばせばコンパクトながら品揃えは悪くない本屋があるし、家電量販店も服屋も画材屋もある。生活拠点としては恵まれすぎている。それで日が落ちたころに散歩に出るとついつい近くの本屋へ行って本を買う、ということを繰り返していたらクレカの支払いがやばいことになって流石に反省し、新しい本はなるべく1割引になる大学生協で、在庫がなければ注文して買うことにした。あと図書館を使おう。とりあえず前から気になっていた2冊を予約する。計画的な消費はつまらないね。計画的な浪費ならしてみたいかもしれない。最近寝起きに疲れていることが多いので、いいマットレスの価格帯が知りたくて調べていた。有名なメーカーのエントリーモデル(っていうのかなマットレスでも)が大体20万前後で、それで以後何年間もの安らかな眠りが手に入るのなら減価償却で考えれば安いものでは?と思ってしまったのでお金を得られるようになったら将来的に導入を検討したい。マットレスと椅子は大事。

2020年11月2日月曜日

日々を諦めない

ちょっと現実がつらいのでひたすら趣味の話をしたい。People In The Boxを好きな知り合いと会う予定がたったのでそれを心の支えに日々をこなす。前に会ったときこの人は『空気人形』が大好きだと言っていて、私はまだ観ていなかったので話題はすぐに流れてしまったのだけれど、今度はいろいろ話したいことがある。いくつかの伏線が繋がった気がしている。波多野さんの好きな作家はピンチョン、ボルヘス、エリクソンであるという真偽の定かでない数年前の情報を目にしたので暇ができたら読んでゆきたい。去年の文芸誌での対談を読みなおすと、ピンチョンの『V.』とリチャード・パワーズが挙げられていた。ずっと彼らの曲には外国の街並みの風景を重ねて聴いていたので海外文学好きなのはわかるけれど、現代アメリカ文学というところはすこし意外に思う。色彩の統一されたヨーロッパの都市のイメージを抱いていた。ああでもたしかに伝統よりは前衛志向だろうか。国内でいうと多和田葉子が近いと思っている。ひさしぶりに有村竜太朗のソロワークを聴き返す。ときおり放り込まれる殺傷力の高い言葉が、手なずけられた虚構のなかに不意に現れる底の見えない裂け目のようだと思う。匿名的な共感というよりは、ある人生に紐付いた固有の想念への共振を否応なく迫ってくるような声だと思う。しかしプラスティックトゥリーのひねくれぐあいからするとソロのバンドは比較的素直な演奏をするね。フロントマンがソロをやり出したことで逆に元のバンドの特徴が見えてきたというか、今まで魅せられてきたものはこんな変な形をしていたのかと気づかされたところがある。いつのまにか歪さを求めるように慣らされていた。ところで近頃目に見えて会話が下手になっていてこまる。うまいことチューニングを合わせていきたい。西加奈子を読む。めっきり冷え込んできて、素足で歩くとよく冷えたフローリングに吸い込まれそうになる。床暖房がほしい。ふわふわのスヌードをかぶって寝る。

2020年10月30日金曜日

あるいは懐疑としての愛

 時間軸上のすべての自分は他人であると思えば、書かれた日記は未来の自分に対して過去の自分がかつて存在したことを証明する痕跡となる。今の私が存在するためには過去の私を捨てねばならなかった。未来の私も今の私を捨てるだろう。ためらいもなく。私たちは同時に存在することができない。活動の動機を問われて、この世界に何かを残したかったから、とたくさんのひとが答える。それは通常自分が死んだ後の人々にも認識される何かを残したい、あるいは他人に自分の価値を認めてもらいたいという意味で理解される。わからなくはないけれど、どことなく切実さを欠いた悠長な願望に見えることもある。「何かを残したい」という言葉は、未来の自分に対して瞬間ごとに失われてしまう今の自分を残したい、という意味にも取れる。その方がふさわしいのではないかと考える。ふと立ち止まって後ろを振り返ると、歩いてきたはずの道が立つ足のすぐ後ろで消え去っている。あるいは霧がかかったように過去を見通せない。自己同一性を支えていると思っていた一貫した完全な記憶なんてどこにもない。途端に足場がぐらつき、梯子を外されたような不安に襲われる。生きていて、今の自分がなぜ自分であるのかがわからなくなること以上のこわさはない。恐怖を予期して、今の自分が何を思い何を感じているかを、他人である未来の自分にもわかるように形にせずにはいられない。そういうことであれば、「何かを残したい」衝動は生きるために常に切実なものになるかもしれない。私たちは同時に存在することができない。己の屍を栄養として育つ。

結局はこういう文章もそれに似た動機で書いているのだろうと思う。データが失われたときに備えて定期的に人格のバックアップを取っておく。たぶん私は自分の意識というものを根本的に信用していない、おそらくは理性のことも。信用していないものばかりに惹かれてしまう性向がある。いつ裏切られるだろうとはらはらして愛おしい。