2017年1月29日日曜日

yume

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女の子に腕を取られ「このまま一人同士だったらずっと一緒にいようね」なんて言われる夢を見た。
暗い密室で暗号を解いたとたんそれが合図となってがらがらと天井が崩れ、それが静まった後で瓦礫の隙間からこぼれる光に向かって二人歩きながら。
頷いたかどうか忘れた。
何の暗示なんだ。女の子って誰だ。

2017年1月19日木曜日

昔のそれこそ中2か中3位の頃のブログを発掘してみたらなんか本当に痛いくらい思春期していて胸が苦しくなってしまった。
あの頃は本当に学校と家が世界の全てで、その中でも部活が9割5分を占めていたね。
自分の能力のなさに死にたくなってでも本当に死にたいわけではなくてただ現状を変えられないもどかしさを綴った翌日の記事が、憎らしさと好意の入り混じった同輩への感情だったりした。
昔の自分が当時の気持ちを文章に残していなければ、こうして思い出すこともなかっただろう、でも死ぬほど大切な私の一部だ。
自分は本当に目に見えない速度で静かに静かに変わってしまったんだなと感じる。綺麗なものも汚いものも織り混ざった宝石みたいな過去を段々褪せていく思い出として再生するしかできないのは寂しい、けれど思い出せないのはもっと悲しい。鼻先をくすぐるプールの塩素の匂いみたいに、純粋さのほんの片鱗だけでもなくさないでいられますようにと願ってみる。



2016年12月31日土曜日

2016年の統括

*ライブ*

9/26  Yuck来日公演@COMPASS――前座のLemon's chairがよかった。Yuckのマリコさんが格好よかった。

9/30  THE NOVEMBERS@心斎橋VENUS――初ノベンバ。気が狂うほど格好よくて美しかった。

11/29  ネジ村ネジ太朗/唯(umbrella)@大阪MUSE――有村さんのソロを観たのは初めて。この人の歌声から醸し出される独特の情緒がやっぱり好きだ。

12/16  八十八ヶ所巡礼@十三ファンダンゴ――初八八。異様な空間で異様な音に酔った。カルト的。

12/30  Plastic Tree@TOKYO DOME CITY HALL――今年の汚れは今年のうちに。楽しくリセットできました。



*展覧会とか*

モネ展――美術部の新歓。

ダリ展――自分の知ってたダリは一面的なものだったんだなと思う。絵が上手くないと成り立たないシュルレアリスム。

ルネッサンス展――宗教画職人として画家が存在した時代に思いを馳せる。

大ピラミッド展――超面白かった。エジプト行きたい。



*映画館で観た映画*

溺れるナイフ@京都MOVIX――小松菜奈が美しかった。

オテサーネク@京都みなみ会館――初シュヴァンクマイエル。奇妙で怖くてどこか滑稽で、小さい頃に見た悪夢のよう。

シークレット・オブ・モンスター@TOHOシネマズ二条――謎に満ちすぎていた。回収されない伏線。難しい。

エヴォリューション@京都みなみ会館――エコールの監督。めっちゃ良かった。語彙力を失う。視覚的に綺麗だし静謐な画面で繰り広げられるおぞましくも美しい数々のシーン。併映のネクターも。パンフがお気に入り。



*演劇*

A-S@京都芸術劇場――マームとジプシーの藤田貴大演出。観終わっても身体にこだまするリフレイン。詩的かつ音楽的な劇でした。好き。





2017年はダンスとかも観られたらいいね。



2016年12月21日水曜日

Twitterは創作意欲を削ぐ、というのはどこかで聞いたことばで、私の経験則でもある。衝動的に湧き上がった言葉をすぐに発散できてしまう、それは気持ちがいいけれど勿体ないことだ。積み重なった重みで今にも潰れそうな衝動が何かを生み出す原動力になるような気がする。
ブログだって創作物の一つといえる。そして、Twitterを始めてからブログの更新がとどこおる人はとても多い。わたし自身Twitterを始めてブログが止まり、Twitterやめた途端にまた更新しだす、ということを繰り返してきた。
どっちが自分に向いてるかなんてわからないけれど、わたしは発信にリアクションが欲しいというよりただ自分の頭の中をできるだけ残しておきたいだけなのかもしれない。だったら紙の日記をつければいいのだけど、生憎わたしは自分の字が嫌いで、書き連ねていると破り捨てたくなってくる。かといってスマホのメモ帳に残しておくだけだとなんか寂しいし、読み返すのも億劫だ。だから、今までいくつのブログを立ち上げては潰してきたか知れないけれど、懲りずにまた書いてみる。

Twitterはいつまで残しておこうかな。

2016年10月3日月曜日

誕生日に一気に1年歳をとるように皆言うけれど、実際は1日1日、今過ぎていくこの瞬間にも人は老いていくのだよなあ、と当たり前のことに気付いた。
私たちは1日ごとに、1秒ごとに死に近づいていく。
まさに、“明日になれば今日の僕らは死んでしまう”のだ。
無駄にしている時間なんてなかった。
何が無駄なのか何が無駄でないのか見極めなくては、時間はどんどん私を運んでいってしまう。