ふと気がつくと隣にいてひっそり寄り添っている獣がいる。それは中身のない毛皮であり、内臓がからっぽの猫であり、名をかなしみという。撫でるとふかふかとやわらかくてやさしいけれどあたたかみは感じられない。抱きしめるとふにゃりとつぶれる。撫でたときの感触だけが手のひらに残ってかなしみを持続させる。かわいいやつ。
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一生縁がない作家だと思っていた舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる。』をもののはずみで読んでしまった。人体に寄生する謎の虫「ASMA(アズマ)」って東浩紀のことですか。というかこのへんの作家たちの、いわゆるゼロ年代?の一種のムーブメント?があったんですか?を、初めて知った。西尾維新やらのライトなノベルをまったく読まずに(むしろそれらを文学の範疇に含めることに若干の抵抗を感じながら)育ったわたしにはやっぱり縁がないジャンルなのかもしれない。けれども21歳のわたしが中学生の頃と同じカチコチの頭を維持していく必要はもはやないわけで、21歳以降のわたしが新しくライトノベルを楽しめるようになったとしたらそれはそれで喜ばしいことだ。
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このあいだ食べに行ったカレー屋の非人道的なナンのおかげで調子を崩していた胃腸たちが、ようやく元のリズムを取り戻しつつある。ナンひとりぶんがMサイズのピザ1枚分と同じ質量という狂気のお店。
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いなくなったねこがすがたをみせない。
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