ドアノブに手をかけながら、スカートのひだを直しながら、プリントを乱雑にしまい込みながら、首筋に弾丸が撃ち込まれる感触を陶然と思い浮かべながら、我知らず、なかば自動化された滑らかさをもって唇が動く。"─────────────"という言葉をかたどって、感嘆と軽蔑を同時にうたいあげるような空気の震えを伴って唇が動く。現実にある具体物のすべてはこの言葉の対象ではない。繰り返されすぎた文はもはや実質的な意味を失っている。存在しないものに向かってはきだされつづける透明な何か。火をつければ燃える灯油、容赦なく人を呑み込む夜の海、あるいは目に見えない砂漠。
砂時計の中にとらわれてしまったかと思っていた。足元の砂が一点に向かって吸い込まれていき、傾く体を何度立て直しても安定を崩され、砂は永遠になくなることがない。砂時計を持っているのは私で、ガラスの中に閉じ込められた私を見ている。楽しみながら苦しんでいるような表情で、詩の一節を諳んじるかのように何かを呟いているけれど声は決して聞こえず、触れてもいないのにその唇が冷え切っているのがわかる。
毎日の几帳面なベッドメイクでやっと平衡を保っている脆さと、弦が何本切れても演奏が続行されるぞんざいさとが貼りあわされた怪物のことを日常と呼ぶ。
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